約4億1600万年前から約3億5920万年前まで続いたデボン紀は、「魚の時代」と呼ばれるほど多様な魚類が進化・繁栄した時代である。鎧兜のような硬い外骨格をまとった甲冑魚、体長6mを超える巨大な板皮類ダンクルオステウスが海の頂点捕食者として君臨し、現世の魚類の大部分が属する硬骨魚類も大きく発展した。ハイギョやシーラカンスなど肺を持つ肉鰭類が登場し、さらにデボン紀後期にはアカントステガやイクチオステガといった最初の両生類が水辺に姿を現し、脊椎動物の陸上進出が始まった。
海だけでなく陸上も大きく変貌した時代だった。約4億2000万年前、複数の陸塊が衝突してユーラメリカ大陸が赤道直下に形成された。衝突で生じた巨大な山脈が大気の流れを遮り、恒常的な降雨をもたらしたため、長大な河川が出現した。アルカエオプテリスというシダ状の葉を茂らせる樹木状植物が誕生し、地球最古の森林が形成された。昆虫類もデボン紀前期に誕生している。生命はまさに海と陸の両方で爆発的な発展を遂げていた。
ところが約3億7400万年前、フラスニアン期とファメニアン期の境にあたる「F-F境界」で、全生物種の約82%が絶滅する大惨事が起きた。この事変は「ケルワッサー事変」とも呼ばれる。特徴的なのは、高緯度より低緯度の、淡水域より海水域において絶滅率が高かったことだ。温暖な浅い海に暮らすサンゴ礁の生物が壊滅的な打撃を受け、ダンクルオステウスを含む板皮類や甲冑魚が絶滅した。しかも、デボン紀後期の絶滅は一度で終わらず、約2000万年の間に大・中・小3回の絶滅事件が連続して発生した。
この絶滅には複数の要因が重なったと考えられている。まず、陸上で植物が根を進化させたことで、岩だらけだった大地が栄養豊かな土壌へ変わり、大量の栄養分が河川を通じて海に流入した。これにより藻類が爆発的に繁殖し、海中の酸素を奪い去る「海洋無酸素事変」が引き起こされた。また、植物の光合成が大気中の二酸化炭素を吸収し続けたことで、地球全体の寒冷化も進行した。皮肉にも、陸上の生命の繁栄そのものが海の生命を追い詰めたのだ。
2021年、東北大学の海保邦夫名誉教授らの研究グループは、決定的な証拠を発表した。フランス南部・中国南部・ベルギーの地層から、1200℃を超える高温でなければ生成されない有機分子「コロネン」と水銀が同時に濃縮していることを発見したのだ。これは東ヨーロッパやシベリアにおける大規模な火山活動の痕跡であり、噴出した二酸化硫黄が短期の寒冷化を、その後の二酸化炭素とメタンが長期の温暖化を引き起こしたとされる。さらに絶滅規模が大きい事件ほどマグマの温度が高く、火山活動の規模も大きかったことが初めて示された。ほかにもイリノイ大学の研究グループは、数十光年先で起きた超新星爆発がオゾン層を破壊した可能性を2020年に指摘しており、原因の全容解明は今も続いている。
この大量絶滅の傷跡は深かった。海洋生態系が絶滅前の多様性を回復するまでに、実に3600万年もの歳月を要した。デボン紀に続く石炭紀の最初の1500万年間は陸上動物の化石がほとんど見つからず、「ローマーのギャップ」と呼ばれる空白期が存在する。しかし一方で、古代の巨大魚たちが消えたことで、現代型の魚類が繁栄する道が開かれた。また、電気受容感覚であるロレンチーニ器官を持ち、卵胎生という繁殖戦略を備えていたサメ類は生き延び、以後4億年近く海の支配者として君臨し続けている。絶滅は終わりであると同時に、新しい時代の幕開けでもあったのだ。
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